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バレンタインズデーはどんな書物 だったのか

ラブソングがとまらない

話のキャラクターに出てくる青木さんの言葉「いけないことは女性を綺麗にする」
ちょっと毒のある言葉だ。自分には到底いえない類の言葉だ。
BONがただもてないだけかもしれない。ただ、ひたすらに
バカ一途だからなのかもしれない。
確かに恋愛は女性を綺麗にする。それはとても素敵なことだ。
だが、自分も既婚者だが、自分がかりにもてたとして
自分に気持ちを寄せてる人に「いけないことは女を綺麗にする」自分の立場なら
言えないな。確かに、緊張してドキマギしてしまうかもしれないが。
多分、かっこ悪い、断り方しかできないだろうな。
確かに「いけないことは女性を綺麗にする」かもしれない。
が、それ以上に著者が表現した言葉「研ぎ澄ましたナイフ」
心に刺すような鋭いナイフがその女性の心にできてしまうのではないか。
心に、F分の1のリズムで切り刻んでしまうのではないか。
切り刻み続けてしまうのではないか。
愛理さんの歌詞に「ラブソングを誰か止めて」という表現のあるように
心に刺す、鋭いナイフは誰にもとめられなくて、ずっと、シーンが
リフレインしている状態、それが続くのではないか

私の意見とすれば、
「いけないことは女性を綺麗にするが、同時に癒えない傷を創る」

自分にも娘がいるので、娘が将来、誰かと付き合うことになるだろう。
その未来の娘に向けて、言葉をかけるとすれば。

「辛いことがあったにしてもそれを笑顔にできるような恋愛をして綺麗になってください」

この曲もね、リアルタイムで聴いてた頃、こんな素性がある歌詞、曲であることは
知らなかった。
平松さんへ。「これからも綺麗な女性でいてください。でも傷になり続けるような歌詞を
つくるはめにならないようにしてください。平松さんはお綺麗です。」


戻れない道

私は、実は今までこれは読んではいけないと思っていた。
デリケートな曲なので。しかしながら、去年の夏の
ファンミーティングで、なにか吹っ切れたような感じ
がしたので。断捨離でもしたのだろうか。
だから思い切って感想を書くことにした。
平松さん悪気はない率直な感想なんで宜しくお願いします。
ほとんど、主人公は平松さんに思える内容だった。
捨ててあった洗濯機の話は、今となっては鉄板ネタだし、
舞台となった駅は敢えて、言及はしませんが、その描写は
この曲に添っているし。そして何気に、この章のラストは
あくびがしたい を使っている。
海のような空のようなパートナー。そしてそれになりたいとも。
実生活のことは触れないし、考えることもない。
だけど、平松さんには海のような空のような人でこれからも
あってほしいと思う。
オフィシャル動画では、ただただ無邪気にきゃっきゃいう
平松さんが映っている。その中に心の傷はあるはずなのに
まるでそれを感じさせない。またそれとは反対に、ファン限定では
ぶっちゃけ感満載な空気を醸し出す。でも私にはそれが平松さんの
魅力だと感じる。
だから、海のような人でこれからもいてください。
宜しくお願いします。


今日の恋人


私は長年、この曲を聴いてイメージしたものがあった。
まず、男性はモテるけど続かないかっこいいけど少し傷のある
男性30歳前後。酸いも甘いも経験している人。
一方、平松さんが描き歌うこの曲の主人公は勘のするどい、
そして忍耐と聡明でいるイメージの30歳ぐらいの女性。
舞台は大自然で車止めて、星を見ている。そのような世界観で
ずっと、25年以上そのイメージでこの曲を聴いていた。
今回、このバレンタインズデーを読んでそのイメージががらっと
変わった。いや、この曲の本当の感じ方を勉強させていただいた。
舞台は東京の都会。学校の帰りの駅から夢の島、そして
レインボーブリッジへのドライブに見える東京タワー。
私がかつてよくいった場所が舞台となっている。

私は現地取材が好きだ。よく場所にいってはシナリオを描いて詞
にしていた時期がある。
このストーリーも必ず、現地取材をしたはずだ。私ならば絶対やる。
その場所にいって架空の登場人物で演じてもらう。妄想で演じてもらう。
私は読み終えてすぐ、検索で「大学 江東区 駅前」と書いてぽちっと
押した。正解ではない。もし、自分が描くならば武蔵野大学有明キャンパス
となる。ストーリーの冒頭は大学の駅の前で主人公の男性と加南さんが
待ち合わせで出会うところでスタートとなる。実際は加南さんとその女性親友
が待ち合わせ場所の近くでおしゃべりしているのを見て待っているがスタート
となる。バレンタインズデーはバレンタインに近い日を想定に作られている。
ストーリーは2月13日。2月は寒い。そして最初のデートスポットに選んだのは
夢の島。ここはいい場所である。もし自分が描くとなったら自分も足で運び
いろんな状態シナリオを研究しているはずである。

そしてセカンドのデートスポットに選んだのはレインボーブリッチから見える
東京タワーの眺め。東京タワーの光を主人公の恋愛観に例えたのはうまかった。
周りの光=今までの短期間の恋たちの恋愛。てっぺんの光=本物の恋愛
加南さんは主人公の状態をいうと、てっぺんの光が消えているという。
そして、加南さんが主人公に渡した7枚のカード、これも絶妙な技
花好きなことを設定にしたのも可憐である。
花とそれを意味する花言葉、そして主人公の過去をイメージするイラスト
5枚目がキーとなる過去の恋愛、6枚目が今日、7枚目が未来で空白。
これはインパクトある。これどうよ。
自分の人生を7枚のカードという形で表現され、かつ恋愛相手からもらう、
その瞬間は。ぐうの声も出ない。
ストーリーは主人公の決意で終わらせている。このストーリーは、
文字どうり、’毎日の恋人にして’になったのである。
加南は策士にして聡明なキャラクターである。
というか、こんな20歳の女性がいたら、私的には聡明すぎて怖いくらいなんだが。
部屋Yの主人公よりも、深い意味で怖いよ。
久々に興奮して書いてしまった。いや、この本の章の中ではこれがだんとつ
がつんときました。私には。現地取材また再開しようかな。





ROSEの花束

私は20代の頃、ポエマーだった。特に恋愛関係の。
実際にしてきた、20代の恋愛を詞にして書くことで
想いや記憶や思い出を封じこめるということを
してきた。ひとつの恋愛をいろんなフレーズに
託して。この恋はここに詰まってるって。形にして
ポプリの瓶にうずめてきた。
今回、久しぶりにこの本の、この章を読んで
その感覚を思いだした形だ。本来、ラブストーリー
はこういうディストなのだろう。
そしてやはり平松愛理を取材して作ったストーリー
だけあってお馴染みの懐かしい恋愛観だった。
確かに題名のとおりの構成にはなっているが、
兄がいて、カーペンターズを聞いていること、
親友の彼との隠れた三角関係。そう、実は他の
曲も合わさっている。カラ元気、ビーチサンダル
Good luck  my  friendなどを連想できる話の流れ
になっている。ビーチサンダルは2000年で
本が出た6年後なのに。カラ元気だって3年後なのに
シンクロしてる不思議さ。そう合わせ技の章である
優柔不断で優しい彼を好きになる主人公も
平松愛理の鉄板キャラクターである。
私は元々、一途で、ひとつの恋愛中に他の人も
好きになる感覚がわからないが、いかにも
平松愛理的にマッチしている設定になってる。
そして、この章では敢えて、本来の歌詞の行動以降
のストーリーを頂点にもってきているのが味噌。
そして私達の愛した彼はこうなんだよね。
と涙がため息に変わるような彼の世界観。
この本がでて、四半世紀が経とうとしているが。
人の恋愛観ってあまり変わらないと思う。
女性のほうが読みやすい章ではないかな。
男の私がいうのもなんだが。

愛をあげたい

これは写真だと思った。うまくとらえたな、シャッターきれたなと思った。
舞台は父のいる病院のひとときである。その写真をとった。
そして写真であるが故に、結果をださない。つまり、ストーリーとしての
結末をださなかった。死というものの表現をしなかった。いい終わり方である
この曲は、平松のおばあちゃんのことを歌ったものなの。と平松はいったらしい。
私は知らなかった。というか、日テレのドキュメンタリーでこの曲を歌う
シーンがあるが、私は平松さんがなぜ、この曲を歌っているのを撮られた
のか真意がわからなかった。今、思えば、マミーに相談したかったのだろう。
(マミーとはおばあちゃん)のことである。
昔、平松さんが人生に困ったときに、マミーに逢ったそうだ。(もちろんマミーが
お亡くなりになられた後で)
だから、この時も、マミーに相談していたのかもしれない。
歌えない。といった、彼女の真意を知ると、また考えることもしばしばである。
くしくも、平松MIDIの1曲目もこの曲であった。2002年12月作
何故、この曲を最初にしたのだろう。マミーの念がそうさせたのか



一緒に遊ぼう   (2016.5.29記)

これは、ファンの方は一度は読んでほしいエピソードだ。
密着取材だけある。私が思っている平松愛理の恋愛心情感
がすごくでているエピソードであった。
ページも45ページほどと、結構大きなページを割いて
描いている作品だ。
イメージ的には、失恋するたびに引っ越しをする女性と
親友のの引っ越しの前夜を描いた作品である。
主人公は親友のほうで最初どちらかというと失恋した女性
を事細かに描いている。
それは非常に平松の恋愛観にすごく近いものがある。
これを読んだあと、2000年に出したアイスモナカを聞くと
なんとも、これがそうかという気持ちになる。
最初、引っ越しの女性をスケッチしているが、あるページは
主人公の個人的な背景に触れる。
あれっ。と思った。もともと、シナリオ書いた身の私としては
視点をぐるぐるかえるのはいけないとされているからだ。
主人公のことだけ映す。主人公中心でいくのが、最初、引っ越しの
女性ばかりに触れていたからだ。そして、一回、主人公は1人で
別の場所に移動する。なにかあるなと思った。
ストーリーは夜中から朝にかけてのストーリーだが、最後がやられた。
なんですと?という結末。もう一度振り返り読む。
なかなか深い。これが、平松愛理世界観というものだろう。
皆は部屋Yのところしか読んでない人も多いと思うが、ここは押さえて
おきたいポイントである。


昨日と今日の1つの賭け   (2016/5/22記)


私事だが、髪はいつもスポーツ刈りである。だいたい4週間から
6週間周期で1000円+税の床屋でさっぱりしてくる。
理由は私は朝が極端に弱いから、髪を整える時間があったら
直前まで寝ていたいタイプだから、髪は邪魔ぐらい思ったりする。
この本は20年以上前の本だが、基本的に女性の髪に対する想いは
そんなに変わらない気がする。
元来、男はそういう、女性の微妙な髪型の変化とか無頓着な生き物である。
いいきっては、失礼か。
確かに、腰まであったロングヘアがいきなりボブになったら、どうしたの?となる。
平松自身も腰まであった髪を、これ書いている時点でボブぐらいにしているのが
多い。あきらかに、変わったのなら、何かあるのかなと思うけど、
5センチ切って、スタイル変えてみました。と言われても、かわいいねというぐらいしか
思わず、女性の秘めたる想いは気づくはずもない。
このストーリーは結構、歌詞に近い感じでデッサンされている。
ただ、元来この曲のポイントはコタエを出していないとこである。
平松愛理のこの頃の歌詞の書き方は、もう笑うしかない、みたいに、ピンポーンと
押すところで、あとは想像してね。で終わっているが、この曲も同様である。
どうなるの?どうなるの?ってところで終わらせるのだが。
この本はコタエを半分出してしまっている。私ならどうするの?で終わらせると思うが。
私がこの文章書いている時代はインスタグラムみたいに、自分の画像投稿で反応を
観る、アプリがちょっと前から人気だが、あれはどういう気持ちでやっているのだろう。
平松さんも、結構、髪こうしました。今月の爪はこうです。やるけど。
いいんじゃない?ぐらいにしか思ってなかったんですが、
皆さんはどう思っているんですかね。そして平松さんの心境はどう?
何か内なる想いがあってやつているのだか。ただのネタなのか


部屋とYシャツと私の分析はこちらにて