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提供曲論

かつて、BONがオリコンの作詞スクールに在籍していた頃
ある作詞家の先生に言われたことがある。
「作詞家ってのは提供するアーティストを想像して書くもの。
Aという人だったらこう、Bという人だったらこう書こう。
そうやってそのアーティストイメージカラーに合うように
作詞をしなければならない。作曲もおなじくね。」
自分は自分の憧れのアーティストをイメージして詞を
自由に書いていたので怒られた形だ。
職業、作詞家は本来そういうものだろう。
が、シンガーソングライターは自由でいいのかもしれない。
平松愛理に関してだが。

田村英里子のリバーシブルを聴いた。
平松はこの曲の作詞・作曲を担当している。
リリース時期としては平松のMY DEARや REDEEMにあたる。
昔の平松の詞はストーリー性が強く字が多い。
そして、なんとも以前振られたっぽい、いじらしい
女の子像である。
これは、平松が普通に書く詞の世界観である。
この詞のイメージが平松は田村英里子とだぶったんだろうか?
いや、BONのイメージでは、だぶったんではなく、
自分から湧いて出てくる詞とメロディを提供しただけに思える。
BONはこれセルフカバーしてもいいのではないかと思えるほどだ。
他にもこの時期付近の提供曲を何曲か聴いたが同じ感想である。

99年、平松はクラリオンガールの塔堂なつをPRODUCEした。
PRODUCEということでさすがに意識したのか、彼女のシングル
ドアの向こうーは塔堂なつをイメージしたものになっている。
が、カップリングはやはり平松のエッセンスが滲みでた作品と
なっている。

2000年代はどうだろうか。
2007年に提供した、黒川芽衣の今日のまま
平松は2004年に復活し、ストーリー性よりも内面を描く詞が
増えた。アルバムー秋の虹、ロッテリアシングル 蒼い芝生、
そして今日のままを順に聴いていくと、納得するのである。
ああ、提供曲も彼女の分身なんだと。